脚本家の市川森一氏死去 70歳「ウルトラセブン」など
産経新聞 12月10日(土)10時33分配信
大河ドラマ「黄金の日日」や「ウルトラマン」シリーズなど人気ドラマを手がけた脚本家、市川森一さんが10日、肺がんのため死去した。70歳。葬儀・告別式の日程などは未定。
市川さんは25歳の昭和41年に特撮番組「快獣ブースカ」で脚本家デビューし、「ウルトラセブン」や「傷だらけの天使」など多くの人気番組を生んだ。映画「異人たちとの夏」(平成元年)で日本アカデミー賞最優秀脚本賞を受賞し、15年に紫綬褒章、先月に旭日小綬章を受章。日本放送作家協会の会長を務め、コメンテーターとしても活躍した。
市川森一の脚本家デヴューは、1966年の「怪獣ブースカ」だ。少年がペットのイグアナをゴジラみたいな巨大な生物にしようとするのだが、結局ブースカというちょっと間抜け顔のユーモラスな造形になって、珍騒動を繰り返すと言う他愛もないお話だったのだが、小学生高学年だった僕は、結構好きだった。
今から考えても惜しいのは、ブースカのキャラ人形を何体も持っていたのだが、それが「お宝市場」では結構な珍品となっていることだ。
まあ、それは同世代の子どもたちには多くあったことだが、もちろん箱ごと丁寧にコレクションするなどいう発想は、鼻水をたらしたような育ちの悪いガキどもには(僕もそうだが)縁遠いものではあった。
市川森一は、映画の世界では山田太一の原作を脚本化した『異人たちの夏』で日本アカデミー賞最優秀脚本賞をとったり、なかにし礼『長崎ぶらぶら節』、永島慎二『黄色い涙』、重松清『その日のまえに』などの原作を脚本したり、芥川の古典である『薮の中』を下敷きにした『TAJOMARU』なんかのシナリオを書いたが、原作はともあれシナリオとしては僕はそれほど感心させられなかった。
一方テレビでは巧みであんまり重過ぎないエンタテイメントをよく出していたなあ、と思う。
数々の賞も受け、テレビのコメンテーターでもそれなりのソツのないコメンテーターをつとめ、日本放送作家協会の会長も務めている。
たぶんとてもいい人なんだろうなあ、とは思うが、僕にはどちらかというと器用な脚本家だなあという印象が大きい。
それはプロという意味ではまことに申し分のないことなのだろうが・・・合掌!